jinsatの日記

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2021年
01月14日
20:40

現代のソドム120日 (Belgian Gets)

1996年、ベルギーでマルク・デュトルー(40才)が、12歳と14歳の少女を誘拐した容疑で逮捕された。彼には前科があり、1989年に二名の少女誘拐・強姦罪で服役していたが、3年で釈放された後のf犯行だった。

その後の調べにより、デュトルーは1995年にも、8歳の少女2名を誘拐し自宅地下に監禁(二人は餓死)、さらにその2か月後、17歳と19歳の2人を拉致、ドラッグを打って窒息死させていたことが判明した。
この一連の事件には複数の共犯者が存在し、驚くことに、共犯者のひとりミシェル・ニウールは、アンネケ・ルーカスを古城で拷問した人物だった。

逮捕時、デュトルーは130,000ドルに相当するベルギーフランと2,000SKK(スロバキア通貨)、10箇所の不動産を所有していた。銀行の記録では、多額の現金がさまざまな国から彼の口座に振り込まれており、時期は、それぞれの少女誘拐と重なっていた。押収したビデオにはスロバキアでデュトルーが若い女性を強姦する映像があり、彼がチェコとスロバキアで身売買を行っていたと証言する者もいた。デュトルーの共犯者(Bernard Weinstein)は人身御供のカルト集団を主宰しており、メンバーには4人の警察官もいた。
警察と司法の不手際、腐敗はニュースとなり、犠牲者の家族は抗議、1996年、ベルギー国民30万人による集会が開かれ、これは「白の行進」と呼ばれた。

ニウールはメディアへのインタビューで、「政界、財界、司法界、王室の関係者などが参加した小児性愛パーティーをフォ・レ・トンブ城(Faulx-les-Tombes)で開催したことがあり、自分が証言したら政府が転覆しかねない」と発言した。ベルギー王・アルベール2世の名前が小児性愛パーティの常連客として浮かび上がり、一連の事件は「Belgian Gets」と呼ばれるようになった。

デュトルーの裁判が開かれるまで逮捕後8年もかかり、開廷までに20名の証人が死亡、デュトルーの共犯者1名も殺害され、事件との関係を疑われた7名の司法関係者が逮捕されている。

裁判では、デュトルー自身が「一連の犯行は組織への女性調達のため」と主張したが、証拠不十分でこの証言は却下、彼の背後が暴かれることはなかった。(アンネケ・ルーカスによれば、彼女を監禁した組織のトップは、ベルギーの閣僚大臣だという。)
2004年、デュトルーに終身刑、妻に30年、共犯者Michel Lelièvreに25年の懲役の判決が下ったが、2012年、デュトルーの妻は刑務所経費の節減を理由に仮釈放され、Lelièvreも2019年に釈放された。

2012年にデュトルー本人も仮釈放を申請、その結果、7年後にベルギー国民によって「黒の行進」と呼ばれる大規模な集会が開かれた。三名の精神科医がデュトルーが再犯する可能性を鑑定し、ベルギー法廷が2021年に判断を下す予定である。

誘拐事件の本当の首謀者と目されたニウール(アンネケ・ルーカスを強姦虐待したとされる)は麻薬取引の罪のみが課せられ、判決は懲役5年、しかし2年後の2006年に釈放されている。

白の行進
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C...
黒の行進
https://www.brusselstimes.com/belgium/74182/protests-demo...

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